こころざわざわ

過日、ヨーロッパにお住まいの方からメールをいただきました。ときどき音信があり、戦前のベヒシュタインを愛用されています。

あちらの売買サイトには少なくないお宝ピアノが出ていることを書いた覚えがありますが、それにまつわるお話。時間があったら見てください、購入前提ではないとあり、さっそく見たのは云うまでもありません。

それは20世紀初頭に作られたプレイエルのアップライト、85鍵、ローズウッドの濃赤茶の木目、手の込んだ木工細工、見た感じは高さ130cmぐらいでしょうか?
譜面立ての下に、例の「PLEYEL」の金色のロゴがあり、その面のパネルだけが黒というなかなか洒落た配色、惜しみない人手を尽くして作られた楽器の威風と品位が漂っており、しかも100年以上経っているとは思えないほどシャンとしています。

説明文には1990年代に完全修復されているとあるものの、それ以上の詳しい記述はありません。前板を外した内部の写真をつぶさに見てみると、あきらかに弦、ハンマー、ピンなどは交換されており、アクションもきれいであるし響板も塗り直しがされているらしく、デカールまでしっかり貼られているから、完全修復というのもまずは納得です。

概して古いピアノ(とくに戦前)はボロボロも数多く、傷ましい感じやホラー感さえ漂うものもありますが、このプレイエルは内外ともにすっきりしてきれいで、ほどよく枯れた感じときちっと手の入ったところがうまく調和して、写真を見た限りではなかなかの印象。

もし上記のような修理をおこない、塗装まで含めると相当な金額(大量生産の新品UPが一台買えるほどの)になることは間違いないと思われますが、なんとその価格はというと日本円に換算して10万円にも未たないもので、思わず鳥肌が立つではありませんか!
出品者のやむなき事情もあるのか、まさに処分大特価というべきもの。

いったいどんな音がするものか、まずは聞いてみたいと思うのが人情だけれど、個人宅へ興味本位の冷やかしはできない…というのは尤もな分別で、よって話はそれ以上進みませんでした。でももし誰かほしい人があえばお世話しますよ…というありがたいお申し出もありました。

船便で上手く送れば安く済む、どうかするとヨーロッパから日本までの運賃より、入国して自宅までの料金のほうが高かったという話も聞いたことがあるけれど、コロナ以前の話だし、今はいろいろな事情やお値段が変わってきているだろうし、いざとなったらどんなことになるかもわかりません。

象牙鍵盤についてはワシントン条約締結前に製造されたものであることを証明する書類を揃える必要があり、通関時ここをしくじれば問答無用ですべて剥がされるという残酷な処置も待っているとか。
さらに、運賃を安く済ませようとするのはいいけれど、ずさんな業者の手にかかると梱包のための木枠をピアノの本体(裏面背面)に直接ネジや釘を打ち込んでしまことがあり、実際にその痛々しい痕跡を見たことが複数回ありますが、キリストの磔刑のようでそれも恐ろしい。

…などと、そんな心配をするまでもなく置く場所もない、音を聞いたわけでもない、実物を触ってみたわけでもないのだから、どう考えても「買います、送ってください」というわけには行くはずもなく、少し妄想して楽しんだというところです。

この時代のプレイエルUPをネット検索すると、国内では200万円ぐらいのが出てきて、さらに消費税や国内運賃が上乗せされることを考えると、ふ〜〜んと複雑なため息が出るばかり。

大人の演奏

BSプレミアムのクラシック倶楽部再放送から、2021年ハクジュホールでの小林恵美さんVn&上田晴子Pさんによる演奏が印象的でした。

冒頭のシューベルトのヴァイオリンとピアノのためのソナチネは、当時の家庭演奏会のために19歳のとき書かれたものだそうで、つくづく天才というのはおそろしいもの…。
モーツァルトを思わせるデリケートで可憐な作品で、お二人の隅々にまで神経の行き届いた演奏は良い意味での常識があり、当たり前の大人の語り口に、質のよい自然の美しさがあることにハッとさせられました。

知らぬ間に、いまどきの演奏に耳が慣らされているとは思いたくないけれども、なんだか無性な懐かしみと、納得と、聴き応えがあって、要はなんでもないことが今では新鮮に感じたのが驚きでした。

音楽は早熟な世界だから、若い才能の萌芽には常に敏感でありたいけれど、年々同意しかねる傾向が主流のようになるのは、評価の基準が每年少しずつ陸地が削られていくようで、そんな小さな侵蝕の繰り返しが不安を覚えます。
新しいことにだけ靡いていればいいのでもないし、長い時を経て磨きこまれた普遍的な基準というものは、やはり厳然とあることを痛感。

現代若手の技術の発達は目をみはるもとがあるものの、芸術として信を置くには足らざるところが多いことは否めないところで、これを大掴みにして時代の趨勢だと言ってしまえばそれまでだけれども、やはり残念でなりません。

音楽に限った話でもないようで、若く優秀な人達は数多く、知識も豊富なら専門性もあるし、頭の回転もすばらしい。
その能力はすごいなぁと感心するし頼もしくもあるけれど、話しぶりなど秒を競うがごとく猛烈に早口であったりするのをみていると、万事において情緒的な面の深みに乏しいことが気になります。

小林恵美さんと上田晴子さんは、おふたりともそれぞれ音楽のわかった方で、自身の中に培った音楽や感性の源泉があり、それが演奏の生理として絶え間なく連携しているあたりが安心感に繋がっているのが、なんだか貴重なものに触れられた気さえしたことに、なんとも云い難い感慨を覚えたのです。

あとすこし書くならば、情操のない人が、さもあるように偽装した演奏ほど耐えられないものはなく、これは悪意に満ちた贋作のたぐいといっても差し支えない気がするし、それなら無機質にさらさらやってもらったほうがまだしも救われます。

先日、ネットである日本人ピアニストがヨーロッパの某所へ乗り込んで、私の耳にはかなり醜怪な演奏をしていたのを見て、総毛立つような気持ちになり、そのいやな後味がまだ残っているようです。

もしや現代人は、良識的で優れたものではもうダメで、ある種の奇怪なもの、どこか不愉快なところがあるぐらいでないと刺激がないのか?などと、ウラのウラまでまわって考えてみたりしますが…わかりませんね。

伝統

日本の芸事の修行においては、厳しく峻烈であればあるだけ正統で本式なんだとするきらいがあったようで、その気風は長らく引き継がれたもののようです。
ピアノにもその影響がなかったとは言い難く、私もほんの僅かばかりそのヘンな経験をした記憶があります。
ほめて伸ばす効用を知らず、ことさら厳しくすればよいという伝統でしょうか。

狭く閉ざされた世界で、師匠とか先生といわれる人達は高名になればなるほどその考えや教えは絶対となり、いまならパワハラや体罰などで訴えられてしまうようなことが時代を遡るほどまかり通っていて、驚くべきは本人はもとより親たちも一切の不平不満を感じるでもなく目を据えて服従し、すべては修行のためと堅く信じて従っていました。
時代といえばそれっきりですが、なんとも馬鹿馬鹿しく滑稽で、どこか悲しげでもあります。

日本人は、民族的に見ると比較的穏健でおとなしく引っ込み思案だから、国際舞台に立っても弱腰で、気後れして、なんでも忖度する精神文化があることを思うと、こんな激しい情熱を併せ持っていることがなんだか異様でもあります。
大戦時の軍人による狂気も含めて、苦行を耐えぬいてこそ崇高なものを勝ち得るといったように思い込む独特な体質があるのかどうか、私ごときにはよくわかりません。

芸事の鍛錬に話をもどすと、谷崎潤一郎の『春琴抄』を読みなおしていたら、これに思い当たる記述がありました。
たぐいまれな三絃の名手である盲目の春琴と、その世話をする丁稚の佐助との不滅の愛情を描いた話ですが、佐助は春琴を崇拝しやがては彼女の弟子となることをゆるされ、来る日も来る日も苛烈な修行に打ち込みます。

時代背景として説明されていたのは、やはり昔から日本の芸事の修行や稽古には想像を絶する狂気があったらしいこと。
師匠が弟子に暴力を振るうなどは日常茶飯で、いかなる理不尽を被っても服従の姿勢を貫くのがこの世界の慣行であったようです。

谷崎氏の他の著述においても、たとえば随筆の『芸談』で同様のことが触れられており、文楽の人形使いや浄瑠璃方の師弟関係、あるいは歌舞伎で芸を仕込む場合も同様で、面罵や暴力は絶えることがなく、甚だしきは幼子が厳しい修行の中で落命することがあってもやむなしとするふしさえあったようで、いわれてみれば昔の日本には時おりその手の話を、どこか尊いもののように語られる気風のあったことは否定できません。

職人の世界も同様、雑巾がけからはじまる長く辛い下積みに耐えて、いよいよ教えを請うまでに十年かかるといった式の、おどろくばかりの忍従物語があり、それから見ればピアノは西洋ものであるだけに「ピアノに触れるまでに十年」といったことはないけれど、教師の専横ぶりは大変なものがありました。

とにかく「厳しければ厳しいだけ本式だ」というような驕慢があり、そこでは虐待に近いことも受容する暗黙の了解があったからか、むかしの子供向けTVドラマや野球アニメのたぐいでも大抵はその壮絶な試練の様子が、何のためらいもなく描かれていました。

さすがに現代では、もはやそんな事は決して許されないところまで時が進んだけれども、実際の指導現場のことは知らないので、それ以上はなんともいえませんが。
本当かどうか知りませんが、音大ではいったん各教師の門下に割り振られると卒業まで別の先生の指導は受けられないなど、まるで相撲の部屋制度のように、外部には窺い知れないルールが今でもいろいろあるのかもしれません。

いずれにしても、私達の遺伝子の中にはそういうことを受容してきた長い歴史があることは事実で、それをなかったことにはできないところに、やはり日本人というものがあるように思いました。

スポーツ界の野蛮な上下関係などもつまりは軍隊式で、いまだにこれが引き継がれ、最近も話題になることもあったばかりです。
軍神といわれた山本五十六は「部下をほめて伸ばす」ということを知って部下に実践していたそうですが、それは個人の達見と魅力であって、なかなか組織全体を変えるまでには至らないようですね。

3つの平均律

去る2月22日に『三膳和枝さんの余談』というのをアップしましたが、滋味のある演奏もさることながら、そこで使われるピアノの調整の素晴らしさが鮮烈で、この点でも感銘を覚えたことを記す内容でした。

すこし繰り返すと、このCDを聴く機会をくださったのが、日頃なにかとお世話になっている調律師さん。
この方のご友人が東京のMさんという名人だそうで、三膳さんのすべてのCDでピアノ調整を手がけておられます。
いわく数十年来にわたる親しい釣り友達だそうで、調律の腕は敵わないけれど、釣りでは私がMさんの師匠なんです!と満面の笑顔で語られます。

三膳和枝さんのCDは計10枚におよび、曲目、録音年、会場も違うというのに、ピアノは常に一定して同じ肌触りをもっていることに気がつくのにそう時間はかかりませんでした。

名うてのピアニストにはソノリティが備わるように、ピアノ技術者も高みに達すると楽器が変わっても、明確に同じ肌触りがあるらしいことがわかりました。
この分野ではイタリアのファブリーニなど、それ自体がブランド化されたような印象がありますが、正直いうとそれほどのものか?と思うことがあったりするのに対し、Mさんの調整は聴くたびに静かな感銘を覚えます。

このMさんの手になるピアノを私があまり騒ぎ立てるものでだから、では別のピアニストのCDも聴いてみますか?というありがたいお申し出があって、騒いでみるものだと思いました。
2人の日本人女性で、おひとりはフランスで勉強され今や卒寿になられる▶山根弥生子さん、もうひとりは東京芸大、ドイツ留学、バッハコンクールを経て国立音大で指導にもあたられている▶遠藤志葉さん、曲目はいずれもバッハの平均律全曲というものでした。
三膳和枝さんのCDにも平均律全曲が含まれていたから、M氏の手がけられたピアノで、期せずして3種類12枚の平均律を楽しむことができました。

山根弥生子さんの演奏は基礎を成すところがフランス流なのか、どこかアンリ・バルダを思わせるような華があり、重々しくならず美しい音楽として捉えられているのか、聴き手の心地よさといったものにも気配りがされているように感じます。

ダンパーペダルが多用され、随所で音が濁ってしまうのはすこし気になるところでしたが、プレイバックで確認されていないはずはないから、これは演奏者が意図したものだろうと受け止めていたところ、何度か繰り返すうちにこれはこれだと思うようになりました。
情報に左右されない世代の滔々とした語りがあり、それをMさんが調整されたピアノが頼もしく支えているようでした。

遠藤志葉さんは、バッハに対する深い洞察と注意がまんべんなくゆきわたり、現代風なメリハリがあり、好ましい朗読に身を預けることのできる、きわめて上質な演奏に終始しました。
ライナーノートによると相当バッハに入れ込まれているようで、ゴルトベルクやフーガの技法をふくむほとんどすべての作品、果ては編曲物にいたるまでを手中にされ、リサイタルなども折々おこなっておられるとのこと。
ひとつのことに一途に取り組まれた方の真面目な仕事には相応の重みと説得力が漂い、やはり良いものに触れるとこちらまで豊かになるもの。
欲をいうとタッチにもうひとまわり弾力がほしいところ。

これらに比べて、三膳和枝さんの演奏は一見すると恬淡として穏やかだけれど独自の世界が広がり、ふしぎな懐かしさや余情のあることがあらためてわかります。
どこか民芸の優れた染め物や陶芸などを連想させられ、虚飾を排した手ざわり妙のようなもの、多弁になり過ぎないところにくつろぎがあり、その微妙な距離感が聴き手を誘います。

今どきは、ピアニストの世界もコンクール通過者によってほとんど乗っ取られたように見えるし、かつてのような大物もほぼいなくなり、永田町ではないけれど少数党派乱立といった趣です。
しかし、すこし小道に分け入れば、うまいものを出してくる店があるように、純粋に演奏をもってピアノに取り組む方がまだいらっしゃるようではあり、それはひとつの希望です。
ただ、さてその隠れた名店を探し当てるのは簡単ではなさそうですが…。