ホールのピアノ

ネットで見かけたお話で、わざわざとり上げるようなことでもないと思いつつ、いつも以上に雑談として。

某県某市のホールでは40年ほど使ったスタインウェイが新調され、ステージに新旧2台を並べて音や弾き心地を比較するという趣向で、地元TVのニュース映像らしきものがネットに上がっており、地元の先生だかピアニストのような人が弾き比べをしながら、専門家の立場でコメントされていました。

ところが比較のために弾かれたのは、ブラームスのop.119-1。
取材の目的は税金で購入された新旧のピアノの音を、端的にわかりやすく視聴者に伝えることにあり、そこでなにが悲しくてあんな儚いとらえどころのない吐息のような曲を選ぶのか、まったく理解が及びません。
わずか数小節のことなのだから、その目的にかなった、聞きとりやすい曲がいくらでもあるはずで、仮にインベンションの第1番でもいいのでは?

「細やかなタッチをちゃんと感知してくれる」というのはわかるけれど、さらに「古い方は強い音、長時間の使用には耐えられない…」とのプロのナレーションが被さります。
とっさに、どういうこと?と思いましたが、専門家とされる人の意見としてニュースでそう云われるのであれば、大半の人は「なるほど、そうなのか…」と思うでしょう。

新品と40年経過したものとでは、新しいものが多くの点で勝るのはむろんわかります。
とくにアクションなど消耗品が多く含まれる機械部分は、新しいほうが良いに決まっているけれど、古いほうが「長時間の使用には耐えられない」というのは意味がよくわかりません。

では、長時間使用したらどうなるんだろう?なにか崩壊してバラバラにでもなるの?と思ったり。
以前、キーシンがNHKホールでN響と共演したときや、反田氏がラフマニノフの協奏曲を海外で録音した際、準備されたピアノが気に入らなかったのか、ホールの奥で眠っている古いピアノを引っ張りだして使っていたこともあります。
急なことで整備が万全とはいかなかったのかパワーや音の伸びは落ちていることは感じたけれど、長時間の使用には耐えないということはありませんでしたし、実際そうでしょう。

古くなると弦が切れやすいなどはゼロではないけれど、地域の中核に位置する公共ホールのピアノなら、定期的に保守管理がされており経年による弦の張替えも項目に含まれているだろうから…などとあれこれ考えましたが、あまり深い意味もないまま、尤もらしい言葉が並べられただけかもしれません。

で、その新しく納入されたピアノはというと、数カ月にわたって地元のピアニストなどによって弾き込みが行われ、それで渋皮が取れたのか、納入直後とはずいぶん変わったとのお話でした。

そのような時間と手順を尽くされて、いよいよお披露目コンサートの日を迎えたようですが、その記念すべきコンサートに招かれたのは、なにかというとイベントにしばしば登場する、トーク馴れした叩きまくるピアニストだったことは見るなり力が抜けました。

40年経過したピアノを買い換えることは不自然なことではないけれど、ホールのピアノというとあまり心地よくないウワサも少なくないから、こちらも素直に受けとめることができなくなっている面があり、実はもっと純粋で健全なお話だったのかもしれませんが、変な角度から見てしまうクセのついた自分がなさけなくもあります。

それというのも、私の地元では、こんなご時世に市の運営で新しい大小ホールを含む大型の文化施設が今年春に竣工し、ピアノに限っても恐ろしいばかりの費用が投じられたようで、なにかというと、それをとりまく一部の利権構造の中でだけで物事が回っているんだなぁ…という感じしかしないから、少し妙な気分になっていたところへ上記の動画へ出くわしたということでもありました。