ずいぶんご無沙汰してしまいました。
あまり更新しないものだから、一部の方々にはご心配までいただき、申し訳ないことでした。

久しぶりに新しいCDを手にして、しばらくこれを聴いて過ごしたので少し書いてみることに。
三膳知枝さんのことは、以前、懇意の技術者さんから教えていただいて、バッハ、スカルラッティ、ハイドン、スクリャービンのCDを聴いた印象を書いたことがありますが、新たにグリーグの抒情小曲集がリリースされました。
初回耳にしたときは、丁寧ではあるけれど、聴き手に積極的に訴えてくるものが薄いような、ピアニストとリスナーとの間にやや距離があるような気がしたのですが、この方のCDは平均律はじめずいぶん聴いており、稀有で特別なピアニストであるのは確認済みであるから、すぐ放り出すことをせず繰り返し聴いてみると、じわじわとその真価があらわれ、むしろそこまでに時間を要した自分の耳が不甲斐なく思われました。
三膳さんは、その演奏で、聴き手に詰め寄ってくることは決してされないぶん、聴き手に判断を委ねられ、こちらが試されているようでもあります。
よって、他の方は知らず、私の場合、このピアニストの演奏を楽しむにあたって、多少のウォーミングアップが必要でしたが、ひとたびその心地よさに耳の照準が合ってくると、ついには他のピアニストの演奏が煩わしくて受け付けなくなるところがあり、それだけ醇乎たる世界をお持ちであるのは疑いないと感じるところです。
また、細かな注意の行き届いた演奏にありがちな窮屈感というか、肩の張るようなところが全くないのが三膳さんの特徴のひとつで、丁寧だけどあくまで自然な呼吸がかよい、むしろ、その清々しさに心が解きほぐされていくのはクセになるし、繊細と開放が両立した演奏という点においても、非常に新しいスタイルではないかと思います。
とりわけコピペやフェイクにまみれた、現代の規格品のような演奏にすっかり疲れた耳には、演奏者の解釈とセンスに信をおきながら、安心して身を委ねることができるのは、なかなかに鮮烈な喜びとなっています。
ピアニストに限りませんが、自分の信じる価値や芸術に、終始忠実であり続けることはたやすいことではないでしょう。
己の才気や芸道をもって広く世間に認められたいという野心は、誰しも抗し難いものがあるのだろうし、とくにピアニストにはあくなき喝采願望があり、芸術的追求は二の次になる(もしくは初めから無い)というのは否定できないところ。
それが、三膳さんには感じられないのは、崇高か、頑固か、無意識か、天然か、生来か、人柄や教養か、そのあたりはわからないけれども、俗臭のしない芳醇な音の世界をぶれることなく積み上げていくのは、まったく独自の存在で感心させられてしまいます。
とりわけ今回のグリーグでは一段と完成度が高まっているようで、気品に溢れているよう感じました。
ピアノの調整もいつもながら見事で、Mさんという名人の手によるもの。
素晴らしいピアノが演奏を支えているのはもちろんだけれど、三膳さんの絶妙な演奏も、ピアノの調整クオリティの高さを証明し際立たせているようでもあり、まさに相乗作用だと思われます。
以前、三膳さんの演奏を民芸のような美しさと言ったような覚えがありますが、今回のグリーグでは、あきらかに織り糸が細かくなり、無駄がなく、かつ自信も深めておられるようで、フェルメールのような完結と謎めいた美しさを思いました。
小さくてもそれが有する世界は限りなく広く、繰り返しの鑑賞に堪えうるものであり、繰り返し楽しんでこその価値があるようです。