エストニア

エストニアという名のピアノをご存じでしょうか?
旧ソ連時代、ロシアでは最も代表的な自国のピアノで、連邦内の大半の音楽学校やコンサート会場ではこのピアノが広く使われているということは耳にしていましたし、現在でも世界中の多くのロシア大使館にはこのピアノが設置されているといわれています。
(ちなみに20年以上前、マロニエ君が東京の麻布台にあるソ連大使館で行われたコンサートに行ったときは、ピアノはエストニアでなくヤマハのCSでした。)

マロニエ君は長いことこのピアノのことをロシア製ピアノだと疑いもせずに思いこんでいましたが、エストニアはその名の通り、現在のエストニアで製造されるピアノで、国名がそのままピアノの名前にもなっているというわけです。そして旧西側世界ではほとんど馴染みのないメーカーでもあります。
旧ソ連時代はエストニアも連邦の中に組み込まれていたので、ソ連製ピアノという括りになっていましたが、ソ連崩壊以降、諸国には独立の気運が高まり、バルト三国のひとつであったエストニアも1991年に独立を果たし、現在では主権国家となっていますから、もはや「ロシアのピアノ」という捉え方はできなくなりました。

理屈はそうなのですが、マロニエ君はいまだに「エストニアはロシアのピアノ」というイメージがなかなか払拭できません。

そのエストニアが、まさか日本で販売されているなどとは夢にも思っていませんでしたが、なんと広島の浜松ピアノ社の手によって輸入販売されているということを知って大変驚きました。
これを知ったきっかけは、広島のある教会へ、このエストニアピアノのコンサートグランドを2台納品したということが、この店の社長のブログに書かれていることが目に止まったことでした。
教会にピアノというのはよくあることですが、それがコンサートグランドで、しかも2台で、おまけにメーカーがエストニアとくればいやが上にも興味を覚えずにはいられません。

さっそくお店に問い合わせをしたところ、社長直々にまことにご丁重なお返事をいただきました。
それによると、エストニアピアノの社長とは個人的にお知り合いなのだそうで、現在日本では唯一この浜松ピアノ社が輸入販売をしておられるらしく、店頭にも一台グランドが展示されているというのですから、これは非常に貴重で特筆すべきことでしょう。

エストニアのグランドは168、190、274の3種類という意外なほどシンプルな陣容ですが、価格もいわゆる高級輸入ピアノの約半額といったところのようですから、それほど高くはないようです(もちろん絶対額は高いですが)。
勝手な想像で、価格やその成り立ちなどから、好敵手はチェコのペトロフあたりだろうか…と思いますがどうなんでしょう。

マロニエ君は一度もこのピアノの実物を見たこともなければ、ましてや音を聴いたこともないので、はたしてどんなピアノか興味津々というところです。なにしろロシアで最も広く愛用されたピアノということで、その音色はやはりロシア的な重厚でロマンティックなものだろうかなどと想像をめぐらせてしまいます。
YouTubeでエストニアピアノの音を聞いた限りでは、音の伸びが良いのが印象的で、思ったよりも遙かにクセのない、良い意味での普遍性があって、誰もが受け容れられるとても美しい音色のピアノだと感じました。現代性とやわらかさを兼ね備えるという意味では新しいヤマハに通じるものがあるようにも感じましたが、なにしろYouTubeで聞いただけですから、あくまで大雑把な印象ですが。
ここでの比較で言うならペトロフのほうが野性的で、エストニアはより洗練された印象でした。

超絶技巧の第一人者として有名な名匠マルク・アンドレ・アムランは、コンサートや録音にはスタインウェイを使ういっぽうで、自宅のピアノとしてエストニアのコンサートグランドを購入したという話を以前聞いたことがありますから、やはりこのピアノならではの独特な個性や魅力があるのだろうと思われます。

それでなくても、旧ソ連のころからの伝統あるメーカーというのは、なんだかそれだけで謎めいていて、そそるものがあります。昔のロシアの巨匠達は皆、このピアノで腕を磨いて大成していったのかと思うと、あの偉大なロシアピアニズムを支えたピアノとして、とてつもないノスタルジーさえ感じてしまいます。
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