「写真撮影OKです」

触れるべきかかなり迷いながら書いていたとき、折しもショパン予備予選となったために放置したものの、今回消去しようかとためらいながら、内容を削って少しだけ。

さかのぼること二ヶ月以上、4月6日のEテレ・クラシック音楽館では、2時間まるまる角野隼人さんの今年のコンサートの様子が放送されました。
通常この枠はN響定期はじめ、ほぼオーケストラ演奏会を中心とした内容なので、それがひとりのピアニストに充てられるというのは、かなり珍しいと思います。

宇宙と音楽をテーマにした、この方らしい独自のアプローチで、クラシックの伝統の中で新しいことに挑戦する姿勢は立派なことで、そこは拍手をおくりたいところ。
ただ、個人的にこの方の演奏というのは以前からやや捕らえ難いところがあって、なんとかして好意的に耳を向けてみるものの、今回もそこはしつかとは掴めないままでした。

異才あふれた方だということは疑うものではないけれど、いつも目を合わさずサッと素通りしていく感じで、その演奏とどう向き合っていいかがわからず終わってしまいます。
ステージには通常のコンサートグランドのほか、プリペアドのアップライト、電子ピアノの鍵盤をコの字形に寄せて置かれ、これらを適宜弾きわけ、あるいは両腕を広げて2台を同時に弾いたりのパフォーマンスは見どころ満載だから大いにウケているようですが、演奏会というより、どこかピアノを使った才人の高度な遊び芸を見せられているような印象。

思いがけないアイデアなどへぇ〜と思うところがあるけれど、裏を返せば今はどんなに優れた演奏会をしても、よほど特徴や話題性がないと人は集まらないんだというリアルと、それを突破した成功例のひとつを見せられているようで、ゆっくり身を入れて演奏を聴くところまでは入っていけないのが正直なところ。

さらに一週違いぐらいで、『題名のない音楽会』でも角野さんが採り上げられており、こちらは民放だからよりあけすけに、武道館で13000人を前にコンサートを成功させたとか、秋にはカーネギーホールが決定しているなど、今まさに破竹の勢いであるらしいナレーションが流れます。
時代を味方につけていったん売れると、それが加速度的にブレイクするというのは大衆社会の常なのでしょうが、そのハードワークにしっかりと応じていけるだけの強靭な体力とメンタルを備えた、かなりタフな人らしいところもつくづく感心させられます。
ショパン・コンクールの折には髪型などショパン風を意識して挑んだということでしたが、病弱で苦しんだショパンとは真逆の、相当マッチョな御方なのかもしれません。

アンコールはラヴェルのボレロ。
『題名のない音楽会』のスタジオでもこれが彈かれたから現在の看板曲でもあるのか、会場でもお待ちかねだったのでしょう。
演奏直前にサッとマイクを手にされましたが、挨拶のようなものはナシ、きわめて短く「写真撮影OKです」とだけいわれると、それに呼応するように客席には無数のスマホが光っていましたが、これは単なるサービスなのか、拡散しても良いということなのか、むしろ拡散してくださいという奥の意味があるのか、ふと前回の都知事選のことなどが頭をよぎってしまう始末。

今どきの激しい変化について行けず、私自身、何かというと猜いだ目を向けてしまう病に罹っているのかもしれません。
だとすると、角野さんには大変すまないことのようにも思われますが…。